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川越

2012.5.26


 数日前、仕事で埼玉県の桶川市に行ってきました。そしたら、ペンギン姉さんが「いいなぁ〜」って。じゃ、埼玉に行ってみる?川越の街歩きに行ってみたいんだけど・・・って提案したら、行こうってことになりました。ここまで話が決まったら即実行!



出発
 25日金曜日、ネコ娘はいつもの通りスイミングに行って6:30ごろに帰宅。それから水着を洗って、シャワーを浴びて、7:30ごろ準備を終えて出発です。

 で、最初に寄ったところが近所のコンビニ。ここで夕飯にします。30分ほどで夕飯を食べ終え、20:00ごろ出発。次に寄ったところがガソリンスタンド。ここでマイカーにもエネルギーを補充して今度こそ本格的に出発です。20:10に最寄りの小杉ICから北陸道へのりました。

 小杉ICからは北陸道→上信越道→関越道といつもの道を走り、13:30頃、川越IC手前の高坂SAに到着。ここで車中泊としました。お休み・・・。
 8:00起床。いやー、よく寝た。トイレに行って、パン屋さんで朝食を購入。クマ兄さんはタコス?風のパンを頂きました。なかなか美味しかった。ネコ娘はおにぎり。

 朝ごはんを食べ終えたら出発。関越道を南下するとすぐに川越ICに到着。ここで関越道を降り、川越市内にむかいます。市内の狭い道をくるくるまわり、本川越駅近くのコインパーキングに駐車。今日はここから街歩きです。



まずはお寺へ
 今回は急なお出かけになったので、あまり川越の情報を予習してこなかったんだけど、とりあえず喜多院というところが見どころらしいので、東へ向かって歩きはじめました。県道15号線沿いに歩いて行くと金物屋?さんがあって、変な小道具が売られていました。左のは製麺機って書いてあるね。49,800円もするらしい。手動なのに。
 歩いていたら「歴史と文化の街 川越」っていう看板を発見。今日は期待できそうだ。



成田山川越別院本行院
 喜多院の隣に成田山川越別院本行院というのがあって、お経が聞こえてきたので本堂を覗いてみました。川越の町中にいきなり立派なお寺があったのでびっくりしました。

 ここは成田山新勝寺の別院なんだそうで、真言宗のお寺だそうです。ちょうど朝のお勤めの時間だったので、本堂に入ってお勤めを三人で眺めてみました。このお勤めはお護摩というそうで、護摩木という特別に作られた薪をたいて、不動明王に祈る真言密教の秘法だそうです。じっくり聞くと音楽みたいなんだね。と、関心。
 ここにも居ました「おびんづるさま」。おびんづるさまはお釈迦様の弟子のひとりで、正しくはビンズルハラダという名前だそうです。おびんづるさまの体に手を触れ、それを自分の体につければ病気が治り頭が良くなるんだって。よーく撫でとこう。
 左は弘法大師像。真言宗は弘法大師が開いたんだったね。銅像になって祀られていました。

 出口かな?と思って出たところが入口の門(右)。町中なのに立派なお寺でした。

 じゃ、次は隣の喜多院に行ってみましょ。



喜多院
 川越の観光スポットとしてはこちらのほうが有名なのかな?成田山川越別院のすぐ隣にある喜多院に行ってみます。こっちの境内はかなり広くて木々が生い茂っています。
 成田山の方から喜多院の境内へ入ると、多宝塔という塔がありました。この塔は古墳の上に建てられたとか。昭和48年に解体修理をされたものですが、一番最初は1639年に建てられたんだって。1910年には移築と大改造も行われています。埼玉県の有形文化財だそうです。

 右は慈恵堂。喜多院の本堂だそうです。川越大火(1638年)の翌年に再建された建物。堂内には1300年に造られた銅鐘があって、年に一度だけ、除夜の鐘として叩かれるそうです。

 この喜多院は天台宗の総本山と言われたこともあるほど(1635年ごろ)由緒正しきお寺なのです。
 喜多院の境内にある五百羅漢。見学料がかかるので、中には入らず隙間から撮影。五百羅漢は仏陀に常に付き添った500人の弟子達のことを指しているそうです。それぞれに名前もついているんだとか。
 境内東側にあるのが国指定の重要文化財である鐘楼門(左)。1633年に建立され、1638年の川越大火では焼失を免れた奇跡の建物です。とはいいつつも本当は1702年頃に建てられたものという説も・・・。

 右は慈眼堂。慈眼大使天海を祭る御堂です。天海僧正の木造が安置されているんだって。この慈眼堂はちょっと小高い丘の上に立っていますが、この丘は古墳なんだって。この辺りは古墳が多いんだねぇ。
 境内を歩いていたら小江戸川越七福神の大黒天が居ました。立派な建物に祀られています。くろ(黒)くなってまめ(魔滅)に働く大黒天を拝むと大福利益が得られるんだって。拝むだけでいいそうです。
 以上で喜多院の見学終了。多宝塔の横から撤収です。成田山の真言宗、喜多院の天台宗とお寺が集まっているエリアでした。



富士見櫓跡
 喜多院から三芳野神社方面へ歩いて行く途中、川越高校の裏側で小山を発見。富士見櫓跡って書いてあったので登ってみました。木が生い茂っているので蚊が多そう・・・。
 ここはかつての川越城の富士見櫓が建てられていたところ。その昔、この高台に立つと富士山が望めたとか。
 富士見櫓の裏側には冨士見稲荷大神というのがありました。ここはさらに蚊が多そうだな〜。
 稲荷というだけあって、狐の狛犬が左右にいました。尻尾が立ってるねぇ。
 社殿はこぢんまりとしたものでした。周辺は民家と川越高校って感じがしないねぇ。運動部の掛け声が聞こえてくるけど。
 脇にはペアの狐像がならんでいました。左の狐は顔が怖い!



本丸御殿
 次は本丸御殿に来てみました。富士見櫓跡からだと5分くらい、喜多院からだと20分くらいで到着。博物館とか資料館との共通券を薦められたので5館共通入館券を購入。全部は見に行けないけど、かなり割安なのでこれで回ってみよう。
このキャラクターはなんだ?とりあえずパチリ。
 ここ川越城本丸御殿は平成20年から約二年半をかけて保存修理工事が行われたそうです。このとき交換した南側の鬼瓦がこれ。この鬼瓦は建築当初には無かったものの、書院が解体されたときに設置されたものだとか。いろいろ紆余曲折ありそう。
 元、川越城の本丸御殿ということもあって建屋内がとても広い。テレビドラマなどの撮影にも使われているんだそうです。ながーい廊下はお城ならでは、だね。右は庭。建築当時、家老詰所は本丸御殿の西の端にあったんだそうです。庭に埋め込んだ丸瓦は、詰所方向に続く廊下の柱の位置を示しているんだって。
 廊下を進むと家老詰所に着きました。建築当時は本丸御殿の西の端にあったそうです。裃を着た三人で何やら密談か?

 右は鎗の間。天井が高いので、ここでは鎗を使うことができるのかな?



三芳野神社
 本丸御殿の向かいに三芳野神社っていうのがありました。「とおりゃんせ」っていう童歌の発祥の地だそうです。「通りゃんせ、通りゃんせ、ここはどこの、細道じゃ・・・」ってやつですね。
 この三芳野神社は川越城が築城される前から川越にあったそうですが、築城に合わせてここに移されたとか。「行きはよいよい、帰りは怖い・・・」と唄われたのは、三芳野神社が川越城の城内にあったから。城内にあったので一般の参詣ができなくなったのですが、時間を区切って参詣することが認められていたそうです。しかし、川越城の南大手門から入り、グルグルと城内を巡ってたどり着く経路になっており、一般の参詣客にまぎれて密偵が城内に入りこむのを避けるため、帰りの参詣客は警護によって厳しく調べられたとか。ということで、「行きはよいよい、帰りは怖い・・・」となったそうです。



川越市立博物館
 三芳野神社を参詣して、暑さでやられ気味なので川越市立博物館で涼みます。と、博物館の敷地内に不思議な井戸がありました。霧吹きの井戸と呼ばれているそうです。普段は蓋がしてあって、敵が攻めてきて城が一大事!というときにこの蓋をとると、中から霧が立ち込めて城を包み込んで隠してしまうそうです。あら不思議。
 博物館内は写真撮影禁止でした。受付に申し出れば許可証をくれるそうですが、そこまでする気も起きず写真はとってきませんでした。展示は小江戸と呼ばれた川越の歴史や祭などを解説してました。なかなか面白かったです。

 30分ほどで一回りして外に出てみると、知らないおじさんに「太陽に輪がかかっているよ」と教えてもらい、空を見上げるとこんな感じで太陽に虹の輪がかかっていました。しかも、二重。珍しいもの見れた。



川越城中ノ門堀跡
 博物館のある本丸御殿ゾーンから蔵づくりゾーンへ徒歩で移動中、川越城の中ノ門堀跡という場所に通りかかったので寄ってみました。この中ノ門堀は戦いの際、敵が西大手門から城内に攻め込んだ場合を想定して造られているそうです。西大手門から本丸を目指し侵入した敵は中ノ門堀を含む3本の堀に阻まれて直進できず、進撃の速度が落ちたところを城兵が弓や鉄砲で攻撃して撃退する、という仕掛けになっていたそうです。川越城のような平山城ならではの防御です。



蔵づくりの町並み
 11:25、ようやく川越観光の目玉、蔵づくりの町並みのある通りにやってきました。右も左も蔵。ほとんどの蔵がお店になっています。お土産屋さんが多かったかな。この蔵づくりの町並みは重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。
 蔵づくりの町並みの中でも目立つシンボルが時の鐘。時計台です。現在でも1日4回、時を知らせてくれるそうです。現在の時の鐘は4代目。初代は約400年前に建設されたそうですが、川越大火のような火災によって度々焼失したとか。で、現在のものは1894年に再建されたものだそうです。
 時の鐘の下には薬師神社というのがありました。薬師如来がご本尊。右奥には稲荷神社もあります。上の写真には鳥居がちらっと写ってます。

 この薬師神社から時の鐘を見るとかなり高い。高さは16mもあるそうです。
 時の鐘の足元は観光客で一杯。周りには白い壁の蔵があり、青空もいい感じで、時の鐘が栄えていました。

 2008年にこの辺りを通ったときに見かけた時の鐘。4年越しで見に来ることができました。来てよかった!



さつまいも料理
 今回、川越に遊びに来た理由の一つがさつまいも料理を食べること。先日の出張時に、お土産でさつまいもを使ったお土産を買って来たんです。それで初めて、川越ではさつまいも料理が名物だって知ったので食べたいなー、ってことで楽しみにしてきたのでした。ただ、どこで食べるか調べてこなかったので、蔵づくりの町並みをブラブラしながらお店を探しました。
 で、入ったのがこのお店。一階はお土産屋さんです。二階が食事処になってました。小江戸横丁ってなってますがお店の名前はなんていうんだろう?
 店内に入って翠扇亭というお店だってわかった。お客さんはゼロ。大丈夫かなぁ・・・と思いながらこのお店のお勧め、いも釜めしを注文。三人分注文しちゃいました。注文してから特製の釜でご飯を炊いてきてくれました。注文してから15分ほどかかったけど、運ばれてきた釜めしを見て納得。
 釜めしは茶碗によそってお上品に食べます。決して釜から直接食べてはいけません。甘いさつまいもと他の具材の旨みでとっても美味しい釜めしでした。シイタケやさつまいもが甘くておいしいなぁ。ご飯はちょっと硬めだったけど、釜めしだとこんな感じかな。満足満足。
 実は食前に一階のお店で販売している芋太郎っていうお菓子も出ました。一個150円もするお菓子です。さつまいもを練っ
て、おにぎり状にして鉄板の上で焼き上げたものだそうです。砂糖は使ってないのに甘くておいしかった。いも釜めしと芋太
郎で幸せなひとときでした。
 食後、一階のお土産屋さんを見てみると、芋太郎を焼いているコーナーがあって、試食もできました。芋太郎、なかなか美味しかったです。



川越まつり会館
 お昼ご飯後はゆっくりと川越まつり会館を見学。蔵づくりの町並みの中にあります。5館共通入館券で入ろう。
 右は会所。会所とは神と人、人と人が出会う場所ということで、祭礼の時、町内に設けられるまつり宿のことだそうです。
 川越まつり会館の展示の目玉は川越まつりで繰り出される山車。江戸系川越型山車というそうです。この山車の特徴は台座の上に二重のあんどんを組み、上層に出る部分と人形は迫り上げ式のエレベーター構造となっているそうです。それからあんどんの前には唐破風や欄間を乗せた舞台があって、山車はせいご台の上で360度回転できるようになっています。
 左は建造中の山車。舞台が少しだけ回転したところで固定されています。この舞台で太鼓や笛などを弾いて歌を披露するようです。
 山車のてっぺんには人形くくりつけてあるようです。展示の人形はひょっとこ。右は舞台の部分。いろいろな札がぶら下がってますな。舞台は回転して前後左右に向かってお囃子を奏でます。
 八幡太郎っていう人形。山車の上にくくりつけてある人形っぽい。武士だね。
 ということで、川越まつり会館の見学終了。祭り好きにはたまらない施設でした。クマ兄さんはまつり会館に展示してあった川越まつりの時の写真が気に入ったな。毎年フォトコンテストを行っているようで、たくさんの写真が展示してありました。まつりの写真って見てるだけで熱くなるよね。



菓子屋横丁
 蔵づくりの町並みの北西に、駄菓子屋さんが集まる菓子屋横丁っていうのがありました。一番角にある江戸屋という駄菓子屋さんに侵入。懐かしいお菓子がいっぱい!すもも漬け買っちゃったよ。すももを酢に漬けたやつね。ところが、ストローもらうの忘れたので飲む?食べるの大変でした。うまい棒も何本か購入。体に悪そうだな〜。
 ここが菓子屋横丁。きれいに整備されています。川越市の歴史的地区環境整備街路事業として整備されたそうで、歩きやすい道と左右のお菓子屋さんに人がたくさんあふれています。何軒か見て回ったけど、こじんまりとした昔ながらの駄菓子屋さんって感じ。あめ細工なんかもあったね。そういうお店が10軒くらい並んでいました。昭和初期には70軒ほどが並んでいたんだって。
 菓子屋横丁を歩いていたら巨大カメレオンが出現!オブジェだけど。他にも色々なオブジェがあったようです。気付かなかった・・・。カメレオンはさすがにびっくりしたけどね。五円玉の上に乗っかっているようです。



川越蔵造り資料館
 再び蔵づくりの町並みに戻ってきました。5館共通入館券で川越蔵造り資料館に入ります。外観から立派な蔵だ!
 資料館内に入っても人は結構いるね。今日は観光客が多いみたいだ。まずは一番奥の蔵から見学してみることにしました。ドアもかなり立派な造り(右)でした。これがまさしく観音開扉。これだけ頑丈なつくりだから長年使用できるんだね。
 蔵の中にはいろいろな展示物がありましたが、一番興味を持ったのが消防用ポンプ。明治頃から日本各地に普及したそうです。二人で上下に腕を動かすと水が送られる仕組みですね。

 右は屋根の模型。とても立派な鬼瓦です。大地震が起きたら屋根が重みで潰れちゃうんじゃなかろうか。
 内部に入れる建物があったので入ってみると、とっても古い金庫がありました。ここ蔵造り資料館の建物はその昔、煙草卸商だった小山文造という人が建てたものだそうです。ということは、この金庫には小山文造氏の大事なものが入っていたのかな。
 二階に行く階段は引き出しが付いていて、ここも書類や小物が保管できたようです。この階段はアイデア商品だね。
 通ることはできないようになってましたが、左のような急な階段もありました。ここ通りたかったな。別の階段を使って蔵の二階に上がったんですが、二階に使われているガラス窓はかなりの年代物のようでした。だって、ガラスのゆがみがハンパないんだもん。写真でわかるかな?



カリカリ大学芋
 蔵造り資料館を見た後、町並みをブラブラしていてオヤツが食べたくなったのでカリカリ大学芋を購入。
 カリカリ大学芋は冷蔵庫で冷やされていて、甘くておいしかった。歩き疲れた時には美味しいね。では、そろそろ車に戻ろうかね。



ブラブラしながら本川越駅へ
 お店をウィンドウショッピングしながら蔵造りの町並みを南下。蔵を改装したお店が並びます。外国人の観光客もたくさん歩いていました。ここは包丁のお店。日本刀の流れをくむのかくまないのか、よくわかりませんが芸術品並みの包丁が並んでいました。高そうで、絶対買えねー。
 ある蔵は飴屋さんに。瓶詰めされた飴がならんできれいな光景。
 こんな立派な蔵も、よく見ると和菓子屋さん。しかも、1783年創業の老舗。川越藩の御用菓子司にもなっていたお店だそうです。
 さらに南下すると蓮馨寺。ここにも小江戸川越七福神がいるはずなんだけど・・・流すの面倒だから参拝だけ。な〜む〜っとお参りして撤収。



 この後、一時間ほどドライブしてコエドブルワリーへ。川越の地ビール、コエドビールの工場です。ここの事務所(待合所?)に入ってみると、工場のお兄さんが二人でコエドビールの解説をしてくれました。よくわからんから全種類買っちゃおう。



 この後、所沢、秩父をドライブして富山に戻ります。10:30、自宅に到着。走行距離を確認すると884kmも走ってました。

 明日はコエドビールで乾杯かな。



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