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二日目 西の京


2013.9.22


 昨夜はUSJから奈良県まで移動してきて、23時ごろに就寝。ゾンビに恐れをなしたネコ娘がオネショしないか心配
でしたが、朝まで爆睡したようです。今日は奈良県の西の京と呼ばれる地域を回ってみようと思います。



起床
 本日の起床は8:00。9時間ほど寝たことになるかな。やっぱり昨日はだいぶ疲れたみたい。道の駅「大和路へぐり」の駐車場ななぜかすでに満車です。産直野菜の販売があるようでどんどん車がやってきます。すでに警備員も配備されて車の整理を行っています。なんとなく居づらいので急いで準備をして出発です。9時過ぎ出発。
 道の駅「大和路へぐり」を出発して、国道25号線→県道9号線と走る。すると、道路脇に鉄骨が折れたゴルフ練習場がありました。先日の台風15号の被害を受けていたようです。ぼろぼろだな、こりゃ。



薬師寺
 10時、薬師寺に到着。世界遺産好きのクマ兄さんだけど、たぶんここは大人になってからは来たことない。高校生の時に来たことがあるかも、ってくらい記憶が無い。とっても楽しみだ。駐車場に車を停め薬師寺の参道を進んでいくと自動販売機がずらっと並んでる。これはやり過ぎだろ・・・。


 
休ヶ岡八幡宮
 参道を歩いていくと、休ヶ岡八幡宮がありました。ここは薬師寺を守護する役割があるんだって。重要文化財です。じゃ、まずはここをお参りしましょう。まずは手水舎で清めたまへ・・・。
 ここは八幡宮ってことだから神様がいるところだね。ここには三体の神様がいて三柱の神像もあるそうです。しかも国宝だって。これら神像は平安時代に作られたものなんだとか。展示はされていないみたいで見れなかった。



孫太郎稲荷神社
 休ヶ岡八幡宮の次は孫太郎稲荷神社。狛犬が稲荷神社らしく狐になってます。あと、鳥居に続く道には車が入れないように百度石と刻まれた石柱が立ってました。



白鳳伽藍
 ようやく薬師寺に到着。世界遺産の碑の前で記念撮影。
 それでは薬師寺に入場します。なんか、白黒の巨大な建物が気になるけど・・・。
 なんと、白黒の建物は東塔でした。東塔は薬師寺創建当時から現存している唯一の建造物。717〜724年に建立されたもので当然国宝です。これを見れないとは・・・しかも平成31年まで解体修理だって。あと7年もかかるのかぁ。7年後にまた来なきゃね。ちなみに西塔は1528年に戦災で焼失し、1981年に再建されたもの。
 中門にある二天王像は1991年に復元されたもの。これもオリジナルは1582年に戦火で焼失したそうです。中国西安の大雁塔の門垣にある仁王像や法隆寺の扉絵などを参考に復元されたんだって。天王像の足元には鬼が横たわっています。
 西安の大雁塔がここで出てくるとは・・・。9年前の中国旅行が懐かしい。
 東塔や西塔があるエリアは白鳳伽藍と呼ぶようです。この白鳳伽藍の中央にそびえるのが金堂。これも1528年の戦火で焼失し、1976年に復元されたもの。建物は残念ですが、中に安置されている薬師三尊像は国宝です。白鳳時代に作られたものってことなので7〜8世紀に作られたもの。中国の影響を受けていて、7〜8世紀の作品の中では最高傑作と呼ばれているそうです。写真撮影不可だったのが残念ですが、オーラの凄い銅像でした。
 右は西塔。
 金堂の北側にあるのが大講堂。これは21世紀になった2003年に再建されています。ここには弥勅三尊像(重要文化財)が安置されています。これも白鳳時代もしくは天平時代のもの。あと、仏足石というのもありました。これはなんと国宝。その昔、仏様であるお釈迦様を形にするのは勿体ない?ということで、お釈迦様の足跡を石に掘ったりしたそうです。ここにある仏足石は日本最古のもので753年頃に作られたそうで。
 白鳳伽藍の最後は東僧坊。ここは休憩所兼お土産屋さんになっていましたが、少しだけ珍しいものも展示してありました。左は白鳳伽藍の復元に使われた木材。台湾産の紅桧だそうです。現在の台湾では自然保護のために木材の伐採が禁止。なので、現在ではこのような大きな木材は台湾から入手できません。1967年ごろから白鳳伽藍の復興に使われた台湾産の桧ってことでここに展示してあるそうです。
 右は千年の釘。左の茶色いボロボロの釘は発掘調査で発見されたもの。右の黒い二本の釘は東塔の古代釘。1000年以上前の釘だから「千年の釘」ってことなのか。



玄奘三蔵院伽藍
 続けて玄奘三蔵院伽藍へ行ってみます。
 ここは西遊記で有名な玄奘三蔵の分骨を祀っているところ。玄奘三蔵は唐の時代、インドに渡って17年間仏教を勉強し、唐に経典を持ち帰った人。持って帰ってきた経典は西安の大雁塔に保存されています。大雁塔、9年前に行ったなぁ。日本にも三蔵法師(玄奘三蔵)ゆかりのお寺があるとは知らなかったよ、まだまだ勉強不足。
 ここが玄奘三蔵院。八角形の建物の中に玄奘三蔵座像が祀られています。大川逞一という人が作ったらしい。玄奘三蔵院は割と新しい建物なので歴史感は無いけれど、それなりに見ごたえのある建物でした。
 再び白鳳伽藍に戻ってきて、東院堂(右)を見学。この東院堂は国宝です。東院堂は717〜724年頃に建てられましたが、973年に焼失、1285年に南向きに再建し、1733年に西向きに変更、という歴史があるそうです。聖観世音菩薩像が安置されていて、これも国宝。なかなかに素晴らしいお堂です。ここまでだいぶ長い間歩いたので、東院堂の端の方で座ってちょっと休憩。ネコ娘もしっかり歩けるようになったなぁ。
 これは???大昔の土壁の模様。1000年以上前のものなのかもしれないね。



 これにて薬師寺見学は終了。次は唐招提寺に行こうと思うんだけど、その前にお昼ご飯にしようと思います。まずは駐車場に戻って・・・と、そしたら駐車場で見覚えのある人を見かけました。昨日、USJでポリバケツの底をドンドコドンと叩いていたお兄さんが友達を連れて見学に来ていました。へぇ、今日は三連休の中日だけどUSJの仕事はお休みなんだ・・・。

 それではお昼ご飯のおかずを買いにコンビニを探そう!と車を10分ほど走らせたら、コンビニを発見。お惣菜を購入し、ここで車内で炊いておいたご飯のおかずにします。一時間ほどコンビニ駐車場で休憩し、次の唐招提寺へ向かいましょ。



唐招提寺
 12:30、唐招提寺に到着。本当は薬師寺の駐車場に車を駐車したままにして唐招提寺に来たかったんだけど、付近にコンビニが無かったり、薬師寺と唐招提寺が思ったより離れていたり・・・ということで車で移動してきました。駐車場料金がかかっちゃうんだよね。小銭がかかることは我慢しつつ、南大門から入場。
 南大門を通ると、タブレットPCで解説が聞ける、というアイテムのレンタルがありました。うーん、そこまで詳しく解説を聞きたいわけじゃないから・・・というより、500円のレンタル料が高い。
 その先には金堂がそびえ立つ。8世紀後半に建てられたもので国宝。超立派な建物です。1000年以上も維持されているんだから凄い建物だ。
 金堂の中に入ると国宝の仏像が並ぶ。盧舎那仏坐像、薬師如来像、千手観音像の三体が並ぶ。いずれも8世紀〜9世紀ごろに作られたものですが、クマ兄さん的には千手観音像に驚いた。大脇手42本、小脇手911本、合わせて953本あるそうです。他にもたくさんの国宝に指定されている仏像が安置されていて見ごたえ十分。ここは良いもの見れた。
 金堂の裏には鼓楼と講堂。どちらも国宝です。鼓楼は1240年に建てられたもの。鼓楼と言いつつ鑑真の仏舎利をおさめているので舎利殿とも呼ばれているそうです。鑑真・・・超有名人の名前が出てきたなぁ。
 講堂(右)も国宝。これも8世紀後半の建物。この日は内部の見学はできませんでした。内部には重要文化財クラスの仏像が安置されているらしい。
 金堂に感動しつつ、伽藍を散策。戒壇の横にある蓮を見つつ(左)、戒壇(右)を見学。戒壇は出家した人が正式な僧になるための受戒の儀式を行う場所だそうです。
 では、伽藍の中をブラブラしながら奥の方へ行ってみましょ。他の参拝者もみんな奥の方に行くみたいだから。何があるのかよく知らないけど・・・。
 開山御廟というところにきました。突然、苔生したエリア。杉の木と苔がきれい。雰囲気が変わりました。
 開山御廟というのは鑑真のお墓だそうです。8世紀当時、聖武天皇が伝戒師の必要性を感じ、遣唐使に優秀な僧侶を探して来い、と指令を出し、遣唐使の要請によって来日することになった鑑真。日本で戒律を確立した功績で有名なんだそうです。日本史でそこまで習ったかな?
 唐招提寺では国宝級の仏像を眺め、鑑真の経歴を学び、中学レベルの歴史の授業ではまったく習わなかった深い歴史を垣間見ることができました。唐招提寺恐るべし。PCを持って、Wikipediaを読みながら見て回るのが良いのかもしれない。それなら、入口のタブレットPCを借りればよかったかな?
 駐車場に戻ってきて、脇にあるお土産屋さんでせんと君発見。一緒にパチリ。唐招提寺はネコ娘には難しすぎたので、せんと君でなごんでもらおう。



古墳
 唐招提寺の後は予定が無いので、ツーリングマップルを見てどこに行こうか考えていたら、近くに古墳っぽい絵が書かれています。コナベ池、ウワナベ池・・・これは古墳じゃないの?でも、あまり観光地化されてないね。とりあえず行ってみよう、ってことで、地図を頼りに航空自衛隊奈良基地の周辺をドライブ。するとありました、小奈辺陵墓。
 地図で見ると小奈辺古墳(陵墓)は前方後円墳。宮内庁が管理しているようです。5世紀初頭、古墳時代のものと推定されているようですが、詳しくは・・・。
 道の脇に車を停めボケーと眺めていたらアヒルが近づいてきました(右)。餌をくれると思ったのかな?しばらくしたら餌をもらえないと理解したのか去っていきました。カメも泳いでた。
 この近辺の古墳群は観光地化されていないので、周辺道路も貧弱。サイクリングで訪れることを推奨しているようで、車での訪問は適しませんでした。しかも、今の我が愛車はハイエースワゴン。ワイドボディのため道路の幅と車の幅がほぼ同じ。カーブがあると後輪がはみ出ます。
 うーん、こういう道はキツイ。最徐行でなんとか通れた。車で来る場所じゃなかったな。途中、森の中では木の枝が車をこすりまくったし。



第一次大極殿
 古墳周辺の超狭い道から抜け出し、県道104号線を走っていたら見慣れない巨大な建物を発見。たしかここは平城京跡ではなかったか???ちょっと寄ってみよう、ということで車を駐車場に止めて平城京跡の広大な草原を歩いていくと、巨大な建物が見えてきました。そういえば、5年前に訪れた時に建設中だった建物があったな。ニュースでも完成したって聞いたような気がする。是非行ってみよう。
 駐車場から歩いて8分、ようやく巨大建造物の目の前にやってきました。それにしてもすごい建物を立てたねぇ。あまりの巨大さにびっくりです。そして、なかなかカッコいい。
 北側から内部に入れるようです。しかも無料。是非入ってみよう。
 この建物は第一次大極殿。正面44m、側面20m、高さ27mの巨大な建造物で朱雀門の北800mの場所に立っています。平城京最大の宮殿だそうです。天皇の即位式や外国使節との面会など、国の重要な儀式のために使われていたんだって。
 大極殿から朱雀門方面を眺める。広大な平城京。なんと立派な平城京で覚えました。8世紀にこんなに大きな都を作るとは、なかなかすごいです。
 大極(太極)とは宇宙の根源のことで、古代中国の天文思想では北極星を意味するそうです。この大極殿は715年に波完成していたんだって。左の高御座は天皇が着座する玉座。ここに天皇が座ったのかぁ(復元だけど)。天井を見ると、小壁に十二支が描かれていました。解説のおじさんが教えてくれた。十二支のほかに四神も描かれています。
 県道104号線を挟んで大極殿の北側にも遺跡があるようです。食堂とかがあった場所、って言ってたような気がするけど忘れちゃった。
 第一次大極殿の別アングル。うーん、復元された建物でここまで立派なものが他にあっただろうか・・・。感動。



 じゃ、そろそろ帰宅の途につきましょうか。今日中には到着できないかもしれないけど、ちょっと遠回りしていつもと違う道を走りたいんだよね。



名阪国道
 いつもと違う道って言うのは名阪国道。カーナビで自宅までの道を検索すると、たぶん京奈和道から京滋バイパス経由で名神道にでて、北陸道を走るコースになると思うんです。でも、たまには名阪国道から東名阪道走り、名古屋高速、東海北陸道を抜けてみたいんだよね。
 ということで、天理ICから名阪国道に乗ってみました。
 名阪国道脇の道の駅「針T・R・S」にピットイン。道の駅なんだけど、サービスエリアみたいに名阪国道から出入りできました。超巨大な道の駅でライダーもたくさん。レストランやお土産処も充実。温泉施設もあるらしい。車中泊に利用できそうな道の駅ですな。
 17時、名阪国道から東名阪道に入ってすぐの亀山PAで休憩。この先渋滞しているみたいなので、トイレ休憩しておきます。ついでにお土産コーナーを見て回ると「とんてきのたれ」が売ってました。そのうちとんてきも食べに行かなきゃ・・・。
 18:30、ようやく渋滞を抜け、御在所SAに到着。一時間半で25kmくらいしか進まなかった・・・。今夜のご飯はSAで買った唐揚げをおかずにふりかけご飯。安く済ませましょ。山盛り御飯がクマ兄さんの分ね。この山盛り二杯を食べるのが通例となっております。
 夕飯後、東名阪道→名古屋高速→名神道→東海北陸道と走って、21:30、松ノ木峠PAに到着。今晩はここで車中泊にしようと思います。自宅まではあと二時間ほどの距離。頑張って走れば余裕で帰れるし、以前なら帰った距離だと思うんだけど、リラックスワゴンで車中泊し、明日朝帰宅してから片づけした方が楽なんだよね。

 あと、このPAは日本で一番空に近いPAらしいです。標高1,085mだって。寒いはずなので、FFヒーターの試運転も兼ねてここで車中泊。じゃ、おやすみなさい。



 翌23日は7時起床。出発の準備をし7:50頃出発。そして、予定通り二時間後の9:40頃自宅に到着。洗濯したり買い物行ったり、普通の休日が始まります。

 今回の走行距離は808kmと少なめでした。



一日目
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